2dayカリキュラム③

2dayカリキュラム②から数日後、またしても、強い希死念慮に襲われました。今までは、自宅にいる時だったり、クリニックに電話ができる時間帯だったりで、何とかなっていましたが、今回は夜で、しかも電車に乗って帰る途中でした。もう1歩でも前に進んだら、今すぐにでも電車に飛び込んでしまう、そんな状態でした。

もうダメかもしれない…と諦めかけましたが、泣きながら駅のホームで、いつもやるように言われているワークをしました。かなりの変人だったことでしょう。でも、そんなこと考えている余裕はありません。

 

1時間ほど経ったころ、死にたい自分と生きたい自分が分離したような感覚がありました。死にたいという感情が強すぎて、それまで気づかなかったのですが、自分の中に「生きたい」という思いがしっかりとあることに気づきました。それから30分ほど経つと、「ココアが飲みたい」という何とものんきな思いが沸き上がり、強い希死念慮から抜けることができました。喉がかわく、という生きるために必要な欲求が蘇ったのでした。

 

そしてその数日後、3つ目の2dayカリキュラムに参加しました。途中で調子が悪くなり、別室で休ませてもらいました。このカリキュラムでは、初めて自分の「死にたい」という思いと向き合うことができました。死にたい思いを消したくて、消したくて仕方なかったですし、そんな気持ちが出てくる自分はダメだと思っていましたが、そのままを肯定することができました。そして、このカリキュラムさえも優等生的にこなそうとし、なかなか良くならない自分を責めていましたが、「順調にいくことが良いことではない」ということに気づかされました。

2dayカリキュラム②

2015年9月5日・6日、2つ目の2dayカリキュラムを受けました。あまりに苦しい1ヵ月だったので、藁をもすがる思いの受講でした。

 

1日目は何とか頑張ったのですが、2日目に自己否定感と希死念慮に耐えられなくなり、会場外の階段で壁に頭や腕をぶつけていたところ、スタッフの方に見つかり、救出されました。

スタッフの方が

「これまでよく頑張ったね。辛いって言っていいんだよ、苦しいって言っていいんだよ。泣いていいんだよ。」

そんな言葉をかけてくださり、「わかってくれる人がいた…」と救われる思いでした。

 

その後のカリキュラムには参加せず、会場の脇で横にならしてもらい、初めて味わうような脱力感で、ぼんやりとして過ごしました。終了頃、いつもクリニックでお世話になっている先生がたまたまいらしたとのことで、話を聞いてもらい、安心して帰宅しました。

 

 

なぜこのようなことになったのか…

参加できなくなる直前のワークの最中、母は、私に対し生きていてくれてありがとう、そう思っていると感じました。

勉強ができる、仕事ができるなど、何か条件付きでなければ、自分の存在を肯定できなかった私が、ただ私の命がそこにあること、それだけを初めて肯定できた瞬間だったのかもしれません。

 

幼少のころから、体が辛くても、心が苦しくても、無理して頑張ってきました。どんなに母や周囲の人に「力を抜いていいんだよ」と言われても、それができませんでした。

そんな私が、初めて、最後まで頑張りぬかなかった日でした。

自分の心を無視して、無理をしなかった日でした。

頑張らない私を、ネガティブな思いが出てくる私を、受け入れられた日でした。

2dayカリキュラム①

2015年7月25日、26日に初めて2dayカリキュラムを受けました。

途中、自分がごみの塊のような気分になり、「今すぐ死ななくては」と思った瞬間もありました。やはり出てくる思いは、自己否定感でした。

でも何とかワークを続けるなかで、自分が思っている以上に両親から愛されていたことに気づきました。そして、「結婚して、子どもがほしい」という気持ちがわいてきました。そのときは、そのことについて深く考えませんでしたが、今思うと、そんな風に未来に希望を抱いたことも、男性に嫌悪感があった私が結婚したいと感じたことも、自己否定しまくりの私が自分の遺伝子を継承して子孫を残したいと思えたことも、とても大きな変化だったと思います。

 

そして今、初めての2dayカリキュラムで望んだとおりの人生を、私は歩むことができています。

 

 

ただ、そんなことには全く気付いていなかった当時の私は、この2dayカリキュラム後、とても苦しい思いをすることになりました。

自分の感情がクリアになり、今まで感じてこなかった、辛い・苦しい・死にたいといった思いが、あふれ出てくるようになりました。朝起きると、自分がビルから飛び降りる映像がうかんだり、遺書の文面がうかんだりしていました。突然心がざわざわしてきて、死にたい気持ちに襲われ、怖くて動けなくなることもありました。頭をぶつけたり、腕に鉛筆をさしたり、自傷行為もしていました。ジェットコースターに乗っているような感じで、その気持ちにいつ襲われるかわからず、自分のことが怖かったことを覚えています。綱渡りしているような毎日でした。

 

その間、カウンセリングを受けたり、ショートカリキュラムに参加したりしながら、何とか2回目の2dayカリキュラムの日を迎えたのでした。

主人の仕事

先日、主人の仕事ぶりを見る機会がありました。目的は他にあったのですが、結果的に主人の仕事を見ることになりました。

もともと主人のことは尊敬しているし、多くの人の役に立つ、命を救う、本当に素晴らしい仕事をしていると思っていました。

 

その姿をあらためて見させてもらって、「この人を支えたい。」と心から思いました。私のかわりに主人が、私の夢を叶えてくれている、私が主婦業をして主人を支えることで、結果的にこの素晴らしい仕事に携わっているんだ、と思ったら、ただただ、ありがたいとしか思えませんでした。

 

自分が養護教諭の仕事を辞めると決めた理由はいろいろありますが、その一つは、主人と休みが全く合わず、すれ違いの生活になるから、でした。

周囲の人には「そんなの今だけよ」とか色々言われましたが、目の前の最も大切な人をまず大切にしたい、主人との新しい人生を大切にしたいと思い、決断しました。

 

その選択は間違いではなかった、と今は確信しています。

内助の功」そんな風になれるように頑張ろうと思っています。

 

そして、退職することで、ご縁あって新しい仕事も決まり、自分がずっとやりたかったことをやらせてもらえることになりました。これも主人がいてくれるからこそ。

 

本当にありがたいです。

主人がインフルエンザ(+o+)

昨日から発熱していた主人。今朝、病院に行ったところ、インフルエンザでした。

思えば、付き合ってから今日まで、会社を休むほど、体調崩したことって見たことがありません。今は水分がなんとか少しとれるぐらいで、かなり辛そうなので、不謹慎な発言かもしれませんが、やーっと休めたのかなと思っています。

 

私のうつ病寛解した後に再会し、付き合うようになりましたが、昨年の7月までは不安定になることも度々ありました。死にたいと言ったことも何度もあるし、体に力が入らなくて動けなくなって、慌てて帰ってきてくれたこともありました。仕事に出かけても必ずお昼頃に連絡をくれますが、いつも気にかけてくれているんだと思います。昨年の7月に自殺未遂したときも、帰ってきて発見したのは、もちろん主人。かなりの地獄絵図だったことでしょう…苦笑

 

死にたい気持ちに振り回されることもなくなり、体調も安定し、冬眠しなくなり、先月からは普通の生活が送れるようになりました。それも昔のように無理して体と心にムチ打って、ではなくて、自然に目が覚めて、自然に行動的になって、自然に色んな予定が入って。

 

やっと安心して、休めたのかな。

横たわる主人を見ながら、たくさん迷惑かけてきたな、変わらすずっとそばにいてくれたなとしみじみと感じました。もう大丈夫だよ、そんな思いが出てきました。

主人の職場の方には、ご迷惑をおかけして申し訳ないですが、この機会に、ゆっくり休んでほしいなと思います。そして私は精一杯、看病しようと思います。

 

 

狭い我が家では、私は寝る場所がなくて、こたつで寝るしかない。そして、主人を起こさないように…と思うと、テレビも見れないし、大好きなエレクトーンもオンライン英会話もできません。あんまり状態がよくないから、長時間外出するのも心配だけど、家でできることもない。読書していたけど、飽きてしまった。笑

そして、ブログだ!!!とひらめいたのでした。

最近、いろんなことが重なって、体験談をちゃんとまとめておきたいと思っていたところだったので、また体験談の続きを書いてみようと思います。

再会

お久しぶりです。

2月に入り、冬眠から目覚め、急に忙しく&活動的になり、ブログから遠のいてしまいました。


久々に過去書いたものを読んでいて、この1ヶ月でさらに元気になったと実感しました。過去を片付けて、新しい道ができた、歩き始めた1ヶ月だったように思います。


そして、アクセス解析を見て、私が何も更新してないこの1ヶ月の間にも、読んでくださっていた方がたくさんいたことを知りました。正直、ブログを書くことがおっくうになっていましたが、私のブログが苦しんでいる方の目にとまるかもしれない、やっぱり書いていこうと思いました。

ありがとうございます。


さて、今日の出来事。今日は数年ぶりに友人と再会しました。彼女は10代のころに、とある精神疾患を発症しています。彼女のことを忘れたことはなく、時おりどうしているかな…と気になっていながら、月日が流れました。今思うと、彼女にそのままがいいよ、そのままが素敵だよ、そう伝えたいけど、伝えられない自分が許せなかったのかもしれません。悲しかったのかもしれません。


満月の法則に出会い、心からそう思い、そう伝えられる自分になれました。そのタイミングで彼女の方から連絡があり、会いたいと言ってくれて、再会することができました。


帰り際、彼女が「会えてよかった。正直な話がたくさんできた。同じような経験をしてるから。経験してる人にしかわからないから」と言ってくれました。

胸が熱くなりました。たった1人でもそう言ってくれる人がいるのなら、生きていて良かった。うつになって良かった。うつになったことが宝物。

彼女のおかげで、あらためてそう感じさせてもらいました。そして、退職後の新たな人生にOKをもらったように思いました。


本当にありがとう。

最近の出来事

体験談の途中ではありますが、最近の出来事を残しておきたいと思います。

 

先日、久々に、満月の法則を体感できる2日間のカリキュラムに参加してきました。特に、「これを解決したい!」といったこともなかったのですが、結婚し、退職も決まったので、原点に返る良いときかなと。

 

やっぱりすごい!!!

うつが治ったとはいえ、自己肯定感が低くなりがちな私。

自然と、自己肯定感があふれてきました♡

気付いたことがたくさんありすぎて、書ききれませんが、とにかく、「私も家族も全部、そのままでいいんだ」とあらためて感じました。満月だったー!

 

そして、愛されていい、認められていい、ということがわかりました。

 

満月の法則に出会ってから、本当に色んな変化がありました。結婚もして、まわりからも祝福してもらえて、とても幸せです。意欲も出てきて、色々とやりたいことも出てきました。

ただしかし、自己肯定感が低いがゆえ、祝福してもらったり、お祝いをもらったり、結婚式に来てもらったり…などのことが申し訳ない!が先行して苦しくなってしまっていました。新しいことするのも「私なんて…」がよぎってしまう。

 

でも素直に、みなさんからの愛情を受け取って良い、幸せを受け取って良い、全部全部受け取って良い、そう自分にOKサインを出せました。それこそが親孝行ということもわかりました。

 

ああ、なんてこじらせてたんだ、私。すっきり!!!

 

と心が変わると、現象もぐんぐん変わるもので

・大好きな方々が結婚式やアフターパーティーに行けるよという連絡をくれた

・寝てばかりだったのに自然と起きられるようになり、活動的になった

・とにかくダンスのレッスンが楽しくて仕方ない

・新しいことも始めようと試みている

・4月以降、収入が激減するので、旦那さんに頼るしかないか…と思っていたが、急に向こう1年の収入のメドがたった

・しかも、4月からちょこっと決まっているお仕事にも差し支えない

・ということで、やりたいことだけする生活をもうしばらく続けられることになった

・今まで無駄にしていたことが明確になった

 

などなど。ここ1週間の出来事です。細かいことはもっともっとたくさんあって毎日、色んなことが起きたり、発覚するので、目が離せない!って気分です笑(自分のことだけど、取りこぼしちゃうんじゃないかと思って)

 

これからも「満月の法則」追求し続けて、最大限に自分の命を生かしたいと思います。